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■ 「多」と「単」 03/30/2003
いつものことなので今更どうという感想もないが、アメリカという国は何か事を起こそうとする時に、必ず相手国の「自尊心」が持っているエネルギーの大きさについて読み違える。自尊心というのは論理的産物ではなく、また、それに伴う判断が正しいか正しくないかの評価を受け付けないたぐいのものなのであって、説得や強圧によってどうこうなるものではない。ましてや利害でつるような仕業で相手の譲歩を引き出そうとするやり方をしてしまえば、かえってその自尊心から来る反発は強まる。

文化相対主義という、20世紀になって人類がはじめて確立しえた多様性に配慮する互譲精神は、もはや国際問題解決のための基本的指針と言っていいものなのだが、じつはこの考え方はアメリカにおける文化人類学研究者たちのあいだで成立した思想であった。このことは一見奇妙なことに思える。が、個人や民族レベルの多様性の認識と、政治的に単数の意思に収束してゆく力というのは二律背反ではない。時と場所を同じくして同居しうるもの。民主主義というのは、この「多」と「単」とをつなぐ架け橋であって、民主主義国の盟主を自認するアメリカならではの両極端である、ということもできる。

21世紀は、こんなことを・・・ほんとうにこんなことをしている場合ではないはずであった。それは20世紀の終わりの10年間に認識を深めたはずなのである。あの日以来、21世紀のテーマが歪められてしまった。いやただ一人の男の頭の中では、まっすぐ突き進んでいるだけのことなのかも知れないが、それを正当化してしまいかねない要素は確かに現れてしまっている。・・・この文明そのものを維持できるのか、という人類的課題は、放置されたまま。
 

■ 追悼の資格 02/03/2003
憤りをもって思う。

目標に到達するためにどれほど膨大な努力と知恵が積み重ねられたかを示す、数万点、いや数百万点に及ぶ資料の一切合切を無視して、またその後の月地質学の知見の深まりと整合性に一切の関心を持つことをせずして、人類が月に到達したことなどNASAの欺瞞にすぎないなどという嘯きに少しでも耳を貸そうとしたことのある人間に、彼らを追悼する資格はない。
 

■ TMD 12/18/2002
いま日本でも議論が進み始めた戦域弾道ミサイル防衛が、じつは人類の行く末を左右しかねない危険をはらんでいるものであることを認識している人が、いったいどれほどいるのだろうと思うことがある。ここでは基本的なことだけ書いておくことにする。

戦域弾道ミサイル防衛というのはその名の通り、自国に対して放たれた弾道ミサイルを防御するためのシステムである。攻撃兵器ではない。あくまで防御のための兵器である。そしてまさに、そのことが一般の人たちの認識を甘くしている。

良かれ悪しかれ核兵器の抑止力によって20世紀の後半は「最終戦争」から免れてきた。核戦争は双方にとって破滅でしかないという認識が、為政者のギリギリの理性を支え、広島・長崎以降、核兵器の実戦使用を思いとどまらせてきた。そして核兵器使用という刃を突きつけられた状態でのいわゆる「恐怖の均衡」に疲れた当事者が、たがいに刃を突きつけ合ったまま、たがいの核戦力の削減のための努力をし始めたわけである。削減のプロセスは、こう考えて欲しい。互いに向け合った拳銃の引き金をとりあえず「イッセイノセ」ではずそう。次は互いのこめかみにあてた銃口の狙いを同時にはずそう。次はこめてある銃弾の数を減らしてゆこう。あたかもこのようにして核戦力の削減のための努力が数十年にわたって行われてきたのである。そしてそのプロセスはまだ中途である。冷戦構造の崩壊とともに核戦力は劇的に削減されたものの、いまだに人類を数度絶滅させるに足る能力を人類は捨ててはいない。

そのような状況の中に、戦域弾道ミサイル防衛システムが登場する。これが軍事関係者の思惑通りの力を発揮すると、当事者の一方が相手の核戦力を無力化することができる、ということになる。恐怖の均衡状態が一挙に失われる。引き金を引くことにかえって躊躇が無くなるだろう。またいままで積み重ねてきた核兵力削減の努力はすべて水泡に帰する可能性がある。すくなくとも戦域弾道ミサイル防衛が実戦配備された後の核兵力削減の手法は、相当に創造的かつ実効的なものであることが要求されるのである。いままでのプロセスは意味をなさない。はたしてアメリカがそんな煩瑣な手法をわざわざ採るだろうか。理想の盾のうちに守られた人々が、謙譲をもって世界平和に資するという保障がいったいどこにあるというのか。

核兵器の存在を前提とした恐怖の均衡が正しいとは思わない。しかし慌ててはいけない。ひとつずつひとつずつ、絡まった糸をほぐしてゆかなければならないのだ。どうもハリウッド的に黒白一刀両断にしてしまいたいと思う人々が、かの国には多すぎる。日本も東アジアの貧国が不埒な狼藉をこそこそとやっていることぐらいで、その流れに煽られるのは、不甲斐ないと言うものである。軍事オンチの平和主義は、かえって小事に右顧左眄し大事を誤る。しょうもないことである。
 

■ リング♀(さだめ) 12/15/2002


「こら貞子っ!
なんでオマエはいつも、そんなところから帰ってくるんだ。
ちゃんと玄関からあがってきなさいっ。
いま、いいところなんだから」
 

■ VOW風に 12/06/2002
なぜ怒る?捨てるのは、いいのか?

 

■ 蜘蛛舞 12/03/2002

くも‐まい【蜘蛛舞】
室町末期から江戸時代にかけて行われた綱渡りの軽業。古代の散楽の遺風。蜘蛛が糸を渡るさまに似ているからという。〈日葡〉(広辞苑より)
 

■ ATOK君て、まじめよね♪ 12/01/2002
「巨乳」が一発変換できないなんて。
 

● NEWs in NOTEs 11/27/2002
・i-Okazaki
http://www.asahi-net.or.jp/~aq4j-hsn/okazaki_kyoko.html
岡崎京子。この人の右に出る作家が日本に何人生きているのだろうと考えるとき、この人の不在の大きさに呆然となり胸がつかえる。今日も、星空は誰のもとにも、公平に輝いているわけではない。
 

● NEWs in NOTEs 11/26/2002
・T a t s u r o K i u c h i . c o m
http://tatsurokiuchi.com/
イラストレーター木内達朗さんのサイト。この人の絵、わたし、はまりました。同い年だ。いつかこの人に挿絵を書いてもらいたい。
 

■ 怪奇現象 11/24/2002
どうでもいい話だが、いつごろだったか、着流しに雪駄の団鬼六、黒のスーツと黒のシャツに真っ赤なネクタイのドクター中松が、和装で厚化粧の年増のオカマ二人を連れて、歌舞伎町をぶらついているのに出くわしたことがある。なぜだか、背中の毛をゾロリと逆なでされたような気がした。以前、いまどきワンレン・ボディコンのゴリラ顔のオカマが、通りすがる若い男を手当たり次第に肘を捕まえて、誘惑しようとしていた辺りだった。昨年数十人が一瞬にして死んでしまった近辺、と言ったほうが世間的には通りがいいかも知れない。不良中学生のように四人は見るからに無目的にふらついている、という感じだったのが、余計に不気味であった。これが歌舞伎町の底力なのだな、と脈絡もなくそんなふうに確信した。
 

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