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05/24/2017  
■ 「テロ」という言葉の使用範囲が拡大してるんですね。過去幾例かをみて、うすうすそんな印象を持っていましたが、今回、アリアナ・グランデさんのコンサートの会場で起きた爆発事件で「テロ」という言葉を公的機関もマスメディアも当初から躊躇なく使っているのに出くわして確信を持ちました。

厳密な意味でテロリズムであるかどうかは現時点では分からないというのがほんとうなのです。テロリズムというのは本来、特定の政治的意図を実現するために行われる暴力行為のことをいうからです。したがって今回の爆破事件が現段階で政治的意図を持って行われたかどうか明らかになっていない以上、これをテロと断定することはできませんね。本来の意味では、そういうことです。現段階では、「無差別殺人」としか呼びようがないはずなのです。

しかし最近は、爆弾やアサルト・ライフルを使った無差別殺人を、政治的意図の有無と精査する前に「テロ」と呼ぶことが多くなっています。客観的印象が、9.11以降のイスラム過激派によるテロリズムと似通っていることが、その理由なんだと推測できますね。

たしかにテロリズムと規定することによって被害を被る側の対処の仕方に違いがあるかというと現在はありませんので、どう呼ぼうと大した違いはないのですが、かつては実はテロリズムであるかどうかというのは、意味のある違いだったのです。

かつてのテロリズムというのは、政治的対立の極致で行われていたものでして、その対立の中身は領土紛争であったり、民族対立であったりしたものですが、たとえ困難であったとしても互いの譲歩の仕合によって暴力なしの解決へと導くことができる性質の対立だったものなのです。この点が、たんなる無差別殺人とは違っていました。妥協と合意によって暴力的解決を避ける余地がないではなかった。

ところが9.11以降のテロリズムというのは、対立する相手の存在そのものが対立の根本原因となっていて、相手の抹殺そのものが政治的意図になってしまっている。妥協の余地も合意の余地もありません。したがってテロリズムとたんなる無差別殺人との間に差異がなくなってしまった。当然、テロであろうと無差別殺人であろうと対処の仕方に違いが出るわけではない。

だから意味不明な大量殺戮が起きると、行為者の意図がわからない段階でテロリズムだと呼ぶことに躊躇がなくなっているわけです。どっちでもいいから。行為者にとって対象の存在そのものが憎くてやっているわけですから、無差別殺人とテロリズムとの間に差がない。

そういうことなんですね。
 

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